こころWeb

ネットワーカー実例集

愛媛県 横田さんの場合

横田 弓 <yumiy@dokidoki.ne.jp>
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[横田さんの写真]

医者から深刻な顔で 網膜色素変性症であることを告げられて、「何もすることがない。何も良いことがない。」と、家にこもって過ごしていた日々が、今は うそのようです。交通の便の悪さなどから そうあちこちへは出かけられないのですが、それでもネットでは アクティブな私になれました。

Windows95が出て、半年。パソコンを購入したのは、40才を間近にした日でした。いろいろな分野での仲間に支えられ、今の私がいます。

このあたりは田舎で、当時、パソコンを習いたいと思っても、そんな場所などほとんどなく、たまにあっても倍率が高く、くじ運のない私はいつもはずれてばかりでした。教わる時も、「ここ」をクリックして下さいと言われても、その「ここ」がどこかわからないのです。見た目 目が悪いように見えない私は、症状を説明するのもおっくうで、マウスポインタを必死で探していました。そこで、PTAのサークルとして、パソコンサークルを作り、母親中心にパソコンの勉強会をはじめました。Windowsの基本操作やワープロソフトの練習で悪戦苦闘しながらもパソコンの楽しさがわかり始めてきました。

パソコン購入後まもなく、インターネットも始めました。人もですが、パソコンも一台だけでたたずんでいたのでは、その能力を充分に発揮できない気がしたからです。インターネットで私が一番に検索したキーワードは、「網膜色素変性症」でした。でもその時はまだほとんど情報が得られなかった気がします。そして大胆にも、自分でホームページを作ってみようと思い立ちました。情報を発信すれば情報も集まってくるのではないだろうかと。隣町のパソコンショップで、ホームページの作り方を教えてもらえるというので一ヶ月、毎日一時間に一本あるかないかというJR8fに乗って出かけました。そこで、地区のインターネット普及協議会の事を知りメンバーの末席に名をつらねさせていただいています。パソコンの事やソフトの事は、ここでも教えてもらえるようになりました。

最初に私が作ったのは、パソコンとの毎日で育自(自分を育てる)がテーマのページでした。そこで、またいろいろな方々にパソコン操作法などを教わったり、日々のたわいもないおしゃべりを楽しんだりしています。それから、いよいよ網膜色素変性症に関したページを作りはじめました。私の思いを綴っただけの、あまり情報があるとはいえないページに、少しずつ網膜色素変性症の人たちからアクセスがあるようになりました。そして今では、そのホームページで知り合った、各地のRP仲間と新しく情報ページを作るに至っています。

[田んぼの中を走るローカル線の一両の列車]

メーリングリストで知り合った方たちと、さまざまな障害をもつ者が 在宅でパソコンを使った仕事ができるようなそういうシステムを作ろうという計画にも参加させていただいています。MS-DOSなどちんぷんかんぷんな私ですが、UNIXの勉強もしてみたいという身の程知らずな事も夢見ています。そしてサーバを立ち上げて、情報ページのページを置いて複数のメンバーで管理したり、メーリングリストなどもできたら良いなと、思っています。

実際の私と言えば、ATMコーナーでも どぎまぎし、ビデオの予約もセットできないような機械音痴なのですが。パソコンやインターネットに限らないのですが、「こうしてほしい」とか「これがやりたい」と、声に出して言う事は大切なことだと思います。

視野狭窄や屈折異常が進み、不安がないとは言えませんが、夢を持って、目標を立てて・・・一生青春していたいです。


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Last modified : 2002.11.25
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