こころWeb

序章 こころリソースブックについて

障害を持ってもいろんな事をしてみたい。
そんな方々を応援する目的で,こころリソースブックは編集されています。


障害からの自立とは?

自分で服が着れなければ服を着る訓練を、自分で食事が出来なければ食事訓練を行うのは当たり前かもしれません。障害を持った場合,最低限の日常生活動作は自分で出来るように訓練をするという考え方に反対する人は多くないはずです。ところが、障害によっては,訓練効果がなかなか上がらない人達もいます。そこで、着替えや食事が出来ないから介助してもらうということになるわけです。訓練しても自分で出来ない人たちに対しては,出来る人たちが援助していこうという考え方は,多くの人の賛同を得るでしょう。
すると重い障害を持ち、訓練しても十分効果があがらない人達は自立することが出来ないのでしょうか?人に援助してもらいながらの生活を,多くの人たちは依存的と考えるかもしれません。そういった依存的状態からの自立に2つのアプローチがあります。
1つは,支援技術(AT:Assistive Technology)を利用して障害機能を代行しようという考えがあります。電動車椅子を利用すれば,歩行できなくても移動できますし,コミュニケーションエイドを用いれば,声が無くてもコミュニケーションが出来ます。これも,機械に依存していると考えることは出来ますが,生きる姿勢は,決して依存的ではありません。1つの自立であると考えることが出来ます。
もう1つは,自立とはその人の心の問題なのであり,生活動作として自立できなくても,こころの自立は出来るという考え方があります。食事や着替えについて考えてみると、食べる動作よりも何を食べるかの方が、服の袖に手を通したりボタンを留めたりする動作よりも、どんな服を今着ているかの方がずっと大切であることに気づくはずです。我々は今まで、日常生活動作(ADL: Activities of Daily Living)が一人で出来ることが自立であると考えてきました。しかし、生活の質(QOL:Quality of Life)を重視するならば、自分で何を食べたいか、何を着たいかを決めることの方が、日常生活動作そのものよりもずっと大切であることに気付くはずです。ここから、「自立とは自己決定出来ること」という考えが生まれてきました。自分で服が着れなくても、自分で着たい服を選ぶことの出来る人は多いはずです。今日は少し寒いからセーターを着ようといった決定は、障害がかなり重度であってもできるはずです。生活そのものは,他者の介助を受けながらでも,自分の意志で生活することは可能であり,それは,こころの自立と考えられます。


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Last modified : 2002.11.25
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